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沿革

文学研究科の沿革

上智大学に大学院が開設されたのは1951年。私立学校法に基づく学校法人上智学院が発足、同時に、大学院神学研究科(神学専攻)、哲学研究科(哲学専攻)、西洋文化研究科(西洋文化専攻)、経済学研究科(経済学専攻)の各修士課程が置かれたのが始まりです。このうち、現在の文学研究科に該当するのは、哲学研究科と西洋文化研究科。当初は哲学は研究科として独立しており、他の人文系専攻は、西洋文化研究科を母体に展開してゆきます。

西洋文化研究科は、1955年に英米文学専攻とドイツ文学専攻、1966年に教育学専攻の各修士課程が置かれるなど、次第に拡充されてゆきます。そして同年には、西洋文化研究科の修士課程が、史学・英米文学・ドイツ文学3専攻に改組され、ついに文学研究科が誕生しました。続いて、英米文学・ドイツ文学の博士課程も同研究科に再編成、1968年には、さらに教育学専攻・日本史学専攻の博士課程、国文学専攻・フランス文学専攻の修士課程、1970年には国文学専攻の博士課程、1971年には新聞学専攻の修士課程、フランス文学専攻の博士課程、史学専攻の博士課程、1972年には社会学専攻の修士課程、1974年には新聞学専攻・社会学専攻の博士課程がそれぞれ設置、人文社会系の大学院としての枠組みが整備されてゆきます。そののち、大学院学則を改定し、修士課程を博士前期課程に、博士課程を博士後期課程に名称変更。さらに、1992〜94年にかけて、心理学専攻の修士課程・博士課程が設置され、文学研究科は大所帯となりました。バブル経済全盛から末期にかけての時期で、18歳年齢人口も多く、各大学が拡大を続けていた時代です。グローバル社会・経済の進展も、上智大学の躍進を後押ししていました。

しかし、そうした時期は長くは続かず、1990年代後半には日本経済も低迷し、少子化が心配される時代となります。中小の大学には閉校を余儀なくされるところも現れ、各大学は存続をかけて、さまざまな改革・合理化を進めてゆきました。上智大学もしかり、2005年には、社会科学系の教育学・心理学・社会学・社会福祉4専攻の博士前期・後期課程は、総合人間科学研究科の開設にともないそちらへ移され、文学研究科は史学・国文学・英米文学・ドイツ文学・フランス文学・新聞学の6専攻として再スタートします。2016年には、哲学研究科の廃止により、文学研究科に哲学専攻の博士前期・後期課程を増設。さらに2011年には、新たな学問領域として文化交渉学専攻の博士前期・後期課程を設置し、現在の姿に至っています。