中澤ゼミ2016年夏のゼミ合宿
中澤 克昭 ゼミでは、遺跡や博物館、伝統行事(神事・祭礼)の見学なども行っています。
2016年9月7~9日には、新潟県の胎内市でゼミ合宿をしました。同市は、奥山荘という荘園の故地で、国指定史跡「奥山荘城館遺跡」や関連する中世文書・絵図など、貴重な史料の宝庫です。合宿参加者を代表して、3年生2名に参加記を書いてもらいました。
なお、今回の合宿では、胎内市教育委員会の水澤幸一さんにたいへんお世話になりました。あらためて御礼申し上げます。
中澤ゼミ3年(日本中世史専攻) 伊東 森 ゼミ合宿1日目、昼食後にさっそく向かったのが、奥山荘城館遺跡の鳥坂山であった。胎内市教育委員会の水澤幸一さんに先導・解説をしていただきながら、この山に築かれた鳥坂城の遺構を見るためである。腰の高さほどまで生い茂る草木をかき分け、ひたすらに急な山道を登り続けた。
この鳥坂城とは、中世に城氏、中条氏らと深い関わりを持つ山城であるが、山登りをしていく中で、その遺構の数々を確認できる。そこには堀や土塁などが遺されており、当時の鳥坂城の情景を頭の中で復元することは決して困難なことではなかった。我々が訪れるより少し前にも、重要な遺物・遺構がまた新たに発掘されたのだという。敵の侵入を想定して、矢で敵を狙いやすくした堀の設計などなど、中世の山城としての特徴が各所に見出せたこともまた印象的であった。
この鳥坂城や周辺の史跡群については、春学期のゼミの中で事前学習として深く扱っていたが、いざその学習した場に立ち、目にした時の高揚感はとても大きなものとなった。普段は、文献などを読むことによる歴史探求が中心となっている私にとっては、実際に赴き、現地の遺物などから歴史をひも解くことはとても新鮮で、同時に大きな感動を覚えたのである。
この鳥坂山をはじめ、今回のゼミ合宿はフィールドワーク的な要素も多く含んだもので、当時の遺構を詳しく考察しただけではなく、研究対象である「その場」にて歴史に触れることの重要性も再認識できた、素晴らしい機会となった。
鳥坂山での活動は、肉体的にもハードなものだった。しかしそこに在った遺構の数々、そして主郭から見た城下の壮大な景色は、今でも鮮明に思い出すことができる。またその日の晩、中澤先生やゼミの仲間たち、水澤さんらと語らいながらいただいた地鶏・地酒の美味も、良き思い出の一つなのである。

【1日目 鳥坂城跡から奥山荘故地を望む】
中澤ゼミ3年(日本中世史専攻) 浅野真由 私たちが今回の合宿で訪れた胎内市は、中世を通して奥山荘という広大な荘園が置かれ繁栄した地域です。今も残る遺構の数々は、当時の様子を現代に伝えています。
2日目は悪天候に見舞われながらも、丸一日かけて史跡、寺院、資料館などさまざまな場所をめぐりました。午前中は韋駄天山遺跡と平林城跡を歩きました。
韋駄天山はその頂部から多くの骨壷や骨片が出土しており、この地域を治めていた黒川氏に関連する墓地であると考えられています。山というよりは小高い丘のような感じですが、黒川氏領のほぼ中心に位置しているということもあり、頂上からは広い範囲を見渡すことができます。背の高い石塔(復元)がいくつも立っており、まるで領内や隣接する地域との境界を見張っているかのような印象を受けました。
続いて訪れた平林城跡は草木がこんもりと生い茂り、一見すると普通の山林のようでした。しかし実際に歩いてみると、堀などは非常に深く大規模で、中世の城郭が果たした防御施設としての役割を肌で感じました。
午後に見学した黒川郷土文化伝習館、桃崎浜の文化財収蔵庫では、前述したような史跡からの出土品はもちろん、古代から近現代に至るまでの資料が多数展示されており、胎内市の歩んだ歴史の流れを確認することができました。
3日目は胎内市役所黒川庁舎で、なんと「奥山荘波月条絵図」の実物を見学させていただきました。重要文化財に指定されており、通常は非公開になっている貴重資料です。春学期の授業の中で何度も参照していたため、その感動もひとしおでした。その後は胎内市内の板碑群を見て回りました。寺院や神社の境内から一般の民家の隣に至るまで様々な場所に点在しており、この地域の信仰の一形態を垣間見ることができました。
私はこの合宿を通して、歴史学におけるフィールドワークの重要性を実感しました。実際に現地を訪れてみて初めて分かること、見えてくることはとても多く、今まで何かと文献ばかりに執着してきた自分自身を反省しました。ここで学んだこと、得たことは今後の学習に積極的に取り入れていきたいと思います。数多くの貴重な経験をさせていただき、先生やゼミのメンバーとの絆も深まり、大変思い出深い合宿となりました。

【2日目 平林城跡の巨大な虎口の遺構を歩く】