文化史的視点への招致
日本古代史専攻4年 渡部敦寛 〈2014年度版〉
北條ゼミの最大の魅力。それは多様な興味関心が推奨される環境にある、ということでしょう。ある人は陰陽道を、またある人は稲荷信仰を、沖縄のユタを、葬送儀礼を、犬食文化等々を、それぞれに研究の対象としています。その好奇心の赴く先は、過去の政争や政治制度の範囲にとどまらず、民俗・宗教・信仰・儀礼・食といった様々な文化の問題に及んでいます。過去の文化を様々な角度から切り取っていこうとする傾向を、私たちのゼミは持っているのです。
つまり、北條ゼミの大きな特色の一つとして、ゼミ生の多くが文化史的視点を持っている、ということが挙げられるわけです。高校までの「文化史」と言うと、何やら仏像の名前だとか高名な著作物・著者の名前をだらだらと論じ上げるだけの無味乾燥なものに感じられてしまいます。しかし学術的な日本史研究における文化史という領域は、上述したような多様な切り口を持つものなのです。
ところで、そもそも〈文化〉とは何でしょうか。
私たちは普段、お葬式もすれば、寺社に詣でた際にはお賽銭を投げもします。また、住む場所・職業の選り好みもします。お正月にはお節料理を食べ、お盆に墓参りをします。夏にはお中元を送り、年末には年賀状をしたためます。一方で、人間に値段を付けて売り買いしたり、みだりに他者に裸体をさらすことはありません。また、最近では携帯電話やPCを所持していない人は奇異な眼で見られますし、犬を喜んで殺して食べようとする現代日本人にはおよそ出会えないでしょう。また、女性に席を譲るといった営みに価値が置かれることも事実です。そうした私たち自身の日常的な振舞いの総体が〈文化〉であり、その〈文化〉の集積こそが〈歴史〉であると言えます。
〈文化〉とは、どの時期・どこの地域でも共通して通用する類のものではありません。時代や地域が違えば、たちまちに文化のあり様も変わってしまいます。文化史的視点を持つ、ということはそうした文化の層それぞれの間に生起してくる〈差異〉を面白がれるということでもあるでしょう。
私たち北條ゼミは、一応「日本古代史」のゼミということになっています。高校の歴史教科書で学んだ「日本古代史」と言うと、律令国家やら土地制度の話など、煩瑣な印象を抱く人も多かったのではないでしょうか。しかし、私たちのゼミでは、そうした為政者・上級階層の人びとの動向を追うよりも、もっと多様な層の人びとに関して論究することにその重点が置かれます。そうした種類の人びとの所作・振舞い・価値観・心性を問わずに、あるひとつの社会を理解しようとすることはできないからです。
だからこそ北條ゼミでは、従来の歴史学の枠に収まらない、民俗学や文化人類学的な研究態度もまた許容される雰囲気にあるのです。北條先生も、最近のご自身の研究領域を「東アジア環境文化史・心性史」とされています。過去の人びとの価値観や心のあり様に迫るには、単に政府編纂の公式記録としての史書を素材にするにとどまらず、説話・伝承・絵画・図像・落書き・植生・古環境等、集められる限りの同時代資史料に視点をあてていくことが求められます。
多様な視点から過去の文化・社会について考えていくには、北條ゼミはとても恵まれた環境です。入ゼミ希望者の現時点での興味の対象は、必ずしも古代史・日本史である必要はありません。いかなる時代・地域についてであれ、過去の人びとの姿について考えることは、翻って現代の私たちの立場(その特異性)を浮き彫りにすることにも繋がります。文化史的視点によって過去の社会を切り取ることに少しでも興味を持てる人は、すべて北條ゼミ生たる素質のある人です。この北條ゼミで、過去の文化の特異性(=現代の文化との差異・共通点)を明らかにしていくことに、きっとやりがいを見出せるはずです。
2013年長野ゼミ旅行