2011.11.04
上智大学史学会第61回大会のお知らせ
日 時: 2011年11月13日(日) 午前9時30分より (開場午前9時)
場 所: 上智大学7号館<受付:文学部共用室B(4階)>
部会研究発表(発表時間各30分、質疑応答各10分)❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖
◆第一部会(日本史 於 共用室C 4階)
・皇極紀常世神信仰鎮圧記事についての再検討――主に治水との関連から――
岩井 優多 (上智大学大学院)
・南北朝期における即位儀礼の変遷
林 直樹 (上智大学大学院)
・A comparative study of the activities of the Jesuits in Brazil and Japan during the second half of the XVI century
アレンカール・アンジェリカ (上智大学大学院)
・太平洋戦争における傷痍軍人――視覚障害者を中心に――
野田 晃生 (筑波大学大学院)
◆第二部会(東洋史 於 共用室D 4階)
・中華民国初期の文書制度
淺野 真知 (国文学研究資料館)
・白堅と岡部長景
兼田 信一郎 (獨協中学・高等学校)
・間島協約から南満東蒙条約に至る時期に中国東北における朝鮮人社会――延辺地域を中心に――
玄 瑛 (上智大学大学院)
・一九三五年華北危機と汪兆銘――思想史的考察――
平賀 匡 (上智大学大学院)
◆第三部会(西洋史 於 共用室A 4階)
・元首政初期首都ローマにおけるDIVUSについての一考察
酒巻 諭史 (上智大学史学会会員)
・サリンベネ・デ・アダムの「年代記」における皇帝フェデリーコ二世像
八國生 紗也乃 (上智大学大学院)
・近世フランスにおける女子教育の波及
松尾 里子 (上智大学大学院)
・外交官アレクサンダー・フォン・シーボルト――明治期の「外国新聞操縦」事例として――
堅田 智子 (上智大学大学院)
・『トーマス・ミュンツァー』を巡るE.ブロッホとS.クラカウアーの論争
吉野 恭一郎 (上智大学史学会会員)
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シンポジウム (午後1時30分~5時30分)
於 上智大学7号館特別会議室(14階)
総合テーマ
歴史教育の未来をひらく ――高大連携と歴史学――
〈基調講演〉
服藤 早苗 (埼玉学園大学教授)
〈パネラー報告〉
戸川 点 (都立六本木高等学校)
藤本 公俊 (横須賀学院中学・高等学校)
安孫子 郁子 (実践女子学園中学・高等学校)
〈司会〉
北條 勝貴 (上智大学准教授)
【開催の趣旨】
近年、教育改革の流れのなかで、高校・大学の教育・研究活動の有機的連携が待望されている。大学教員が高等学校へ赴き特別授業をしたり、高校生が大学へ足を運んで講義を受けたりと、理系・文系を問わずさまざまな試みが進められている。しかし、それぞれの分野を子細にみてみると、解決の難しい問題の山積していることも分かる。
歴史学においても、歴史教育と歴史研究の架橋は、なかなかに容易ではない。高大連携に焦点を絞ると、文部科学省の求めるような制度や枠組みは、高校側・大学側双方の目的や利害が一致せず効果の上がらないことが多い。また、そもそも歴史教育は、国民国家のアイデンティティを形成しようとする一国史的方向性や、政治的偏向もしくはその反動としての空洞化した中立、常識的知識への妥協や逃避等々の性質を拭いがたく内包している。一方の歴史研究は、そうした傾向を批判し、相対化するベクトルを重視するため、両者は常に一定の断絶を抱えこまざるをえない。中高教員・大学教員の勤務環境が繁忙化する一方の昨今、歴史教育・歴史研究の間の溝は埋まるばかりか、架橋する努力さえも無意味に思われることさえある。かかる現状は、どのようにすれば打開できるのだろうか。
本シンポジウムでは、長年「つくる会」の歴史教科書に対する反対運動を担って来られた服藤早苗氏(埼玉学園大学教授)に基調講演をお願いする一方、現役研究者であり高校教員でもある本学大学院出身の戸川点氏(都立六本木高等学校)、藤本公俊氏(横須賀学院中学・高等学校)、安孫子郁子氏(実践女子学園中学・高等学校)をパネリストに迎え、歴史教育・歴史研究の連携における問題点を明らかにし、あるべき姿を模索してゆきたい。また、歴史を学ぶとはどういうことか、歴史学は何のために必要なのかということも、フロア全体で討議してゆきたい。
総会(午後5時30分より)於 上智大学7号館特別会議室(14階)
懇親会(午後6時~8時)於 主婦会館プラザエフ地下2階クラルテ