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2000.01.31

『哲学論集』

『哲学論集』第49号(2020年10月10日刊行)

目次

          
物理量の認識論的解釈
杉尾 一(本学哲学科助教)
上智大学哲学会第91回大会シンポジウム
諸問題の系譜―開催の趣旨
荻野 弘之(本学哲学科教授)
ペリクレスの弁論とプラトン『ゴルギアス』
宮崎 文典(埼玉大学教育学部准教授・本学元非常勤講師)
弁論術的弁証術
―ルネサンスにおける弁論術と弁証術の統合とその歴史的位置づけ
桑原 俊介(本学哲学科助教)
説得術としてのレトリックの意義について
―アリストテレスからペレルマンへ―
持地 秀紀(本学大学院博士後期課程)
尊厳の概念と多義性について
―尊厳の伝統的概念と現代的概念の統合の試み―
中村 信隆(本学哲学科非常勤講師他)
ドゥルーズ『感覚の論理学』における「器官なき身体」
「感覚」との関連で
内藤 慧(東京大学大学院博士課程)
歴史の哲学と歴史性
―ハイデガーはヨルクから何を読み取ったか―
荻野 陽太(本学大学院博士前期課程)
『哲学論集』第48号(2019年10月10日刊行)

目次

          
カントを含むドイツ観念論の知的遺産
―その今日的再考
山脇 直司(星槎大学学長・東京大学名誉教授)
第89回上智大学哲学会 秋の大会 シンポジウム
哲学と教育
寺田 俊郎(本学哲学科教授)
卒業後にも「日曜哲学者」であり続けて欲しいから
山田 与史明(日本大学高等学校・中学校教諭)
哲学と教育を問い直す
―「哲学対話」の実践と実存の観点から
古賀 裕也(かえつ有明中・高等学校教諭)
社会人の「学び」における哲学の役割とはなにか?
―自由大学での社会人教育の実践報告から考える
田代 伶奈(自由大学キュレーター)
今井 祐里(自由大学キュレーター)
「眼鏡」によって神を観るということ
―クザーヌスDe berylloにおける〈反対対立の一致〉―
川﨑 えり(本学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第47号(2018年10月10日刊行)

目次

          
第87回上智大学哲学会 秋の大会 シンポジウム
現象学的思惟の歴史的〈現況〉と〈行方〉
―フッサールから現代フランス現象学への展開に鑑みて―
長町 裕司(本学哲学科教授)
感覚の強度(II)
―エーデルマンの原意識と神経現象学の方向性―
山口 一郎(東洋大学名誉教授)
現象と生命
―「開け」への媒体から証人へ
斎藤 慶典(慶應義塾大学教授)
構想力と無限
―フランス語圏の現象学におけるカント哲学の現象学的再構築
長坂 真澄(群馬県立女子大学准教授)
第87回上智大学哲学会 秋の大会 シンポジウム
提題者への特定質問
大山 匠(本学大学院博士前期課程修了)
瀧 将之(本学哲学科非常勤講師他)
石田 寛子(本学大学院博士後期課程)
ニーチェの「文化」論
―「鋤の刃」という言葉を手がかりとして―
加藤 之敬(本学大学院博士後期課程)
内面化される運命
―ヘーゲル『精神現象学』における悲劇と喜劇―
岩田 健佑(一橋大学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第46号(2017年10月10日刊行)

目次

          
ヒューム哲学の成立についての一考察:
ヒュームとバトラー
矢嶋 直規(国際基督教大学教授)
田中裕教授業績目録
      
田中裕先生を送る
荻野 弘之(本学哲学科教授)
場所と神「絶対無」の宗教哲学のため
―「絶対無」の宗教哲学のため
田中 裕(本学哲学科名誉教授)
西田哲学における人格の問題
―悪と当為を手引きに
白井 雅人(東洋大学井上円了研究センター客員研究員)
「永遠の今」と死の自覚
石井 砂母亜(跡見学園教諭)
若きショーペンハウアーにおける「思慮」概念の形成
―「よりよき意識」から「意志の否定」へ―
堤田 泰成(本学大学院博士後期課程)
アリストテレス『カテゴリー論』における述定とヒュポケイメノン
桑原 司(本学大学院博士後期課程)
コギトの哲学史的解釈のための語彙論的調査および予備的考察
―デカルト「第二省察」における<>の訳語を巡る問題―
田村 歩(筑波大学大学院一貫制博士課程)
歴史の動きに関する基礎的研
―後期西田哲学を手がかりとして―
岡田 基生(本学大学院博士前期課程)
哲学的対話の実践
―簡潔な解説寺田俊郎
寺田 俊郎(本学哲学科教授)
主体的に学ぶことは教えられるか?
―「哲学対話」の実践を通して考える―
古賀 裕也(お茶の水女子大学付属高等学校非常勤講師)
哲学的対話における自由への気づかいと対話の構え
永井 玲衣(本学大学院博士後期課程・立教大学文学部リサーチアシスタント)
対話を用いた哲学教育のための一理論としてのJ.デューイの哲学
堀越 耀介(本学グローバル・コンサーン研究所臨時職員)
『哲学論集』第45号(2016年10月10日刊行)

目次

          
ライプニッツの発見の論理
――「生きた図書館」の知の技法
佐々木 能章(東京女子大学教授)
上智大学哲学会第83回大会 シンポジウム
「現代思想の源流としてのドイツ哲学」
大橋 容一郎(本学哲学科教授)
心理主義から論理主義へ
――ヘルムホルツ、ランゲ、コーヘン――
辻 麻衣子(本学大学院文学研究科特別研究員)
カッシーラーの関係概念
――ハイデガーによる批判とカルナップの哲学からの新カント派の再検討――
庄子 綾(本学大学院博士後期課程)
歴史科学(歴史学)の方法論
――ジンメル・西南学派・ハイデッガー――
渡辺 和典(学習院大学、帝京大学、青山学院大学、他非常勤講師)
「趣味の主観主義」を拡張する
――『判断力批判』における「認識一般」を導き糸に――
高木 駿(一橋大学大学院博士後期課程・日本学術振興会特別研究員)
『哲学論集』第44号(2015年10月10日刊行)

目次

          
上智大学哲学会第81回大会 シンポジウム
「ニーチェ―世紀末の思想家は何を表現したかったのか―」
大橋 容一郎(本学哲学科教授)
十九世紀末の形而上学批判と新たな価値理想の探求
―ニーチェの権力への意志説を中心に―
梅田 孝太(本学研究機構特別研究員)
無からの創造と時間
―トマス・アクィナス『世界の永遠性について』を中心に―
芝元 航平(本学哲学科非常勤講師)
卑屈であるとはどういうことか
―カント「徳論」の議論を手掛かりとして―
中村 信隆(本学大学院博士後期課程)
生理学と美の形而上学を繋ぐもの
―ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』続編における天才の思慮について―
堤田 泰成(本学大学院博士前期課程修了)
<神>の語りの思索
―J-L・マリオンにおける<神>の現象学を巡って―
石田 寛子(本学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第43号(2014年10月10日刊行)

目次

          
「上智大学哲学科100周年に寄せて」
(哲学科創設100周年記念シンポジウム「哲学科で学んだこと―回顧と展望」より)
大橋 容一郎(本学哲学科教授)
森一弘(カトリック司教、(財)真生会館理事長)
渡部 久仁子(旧姓・細野 主婦)
峯岸 正典(曹洞宗 長楽寺住職)
久美沙織(本名・波多野稲子 小説家)
塩川千夏(成蹊中学・高等学校教諭)
武重有紀子(医療法人社団哺育会 横浜相原病院 臨床心理士)
舞踊におけるダイナミズム
―動感、あるいは、運動感覚と呼ばれるものについて―
柿沼 美穂(東京工芸大学 非常勤講師)
経験心理学から超越論哲学へ?
―1780年前後の「構想力」概念―
辻 麻衣子(本学哲学科RA)
ニーチェの「真理への衝動」の発生史
―忘却概念を手掛かりとして―
加藤 之敬(本学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第42号(2013年10月10日刊行)

目次

          
〈語りと沈黙―今日、宗教思想の行方―〉に寄せて
長町 裕司(本学哲学科教授)
宗教経験における語りと沈黙
―西田哲学における無の思索―
田中 裕(本学哲学科教授)
映し込まれた永遠
―「魂の根底」と「始原」をめぐるエックハルトの場所論―
田島 照久(早稲田大学教授)
神名の沈黙と語ること
―「動き」の現象学―
永井 晋(東洋大学教授)
アルベルトゥス・マグナスの能動知性論
―『人間論』に即して―
小林 剛(明治学院大学非常勤講師)
幾何学的認識と経験的認識
―カントの超越論的感性論における空間の問題―
浜田 郷史(本学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第41号(2012年10月10日刊行)

目次

          
暴力と理性
―テキスト(textus)の解釈をめぐって―
宮本 久雄(本学神学部教授)
悲しみから生まれる力
―日本における無常とうき世の思想―
島薗 進(東京大学教授)
現代哲学としてのグローカル公共哲学
山脇 直司(東京大学教授)
「自分は自分である」ことと「我性」への「想像/構想」
―西谷啓治によるヤコブ・ベーメの思想への理解とその射程―
板橋 勇仁(立正大学准教授)
過去と如何に向き合うか
―ニーチェの「生に対する歴史の利害」における歴史哲学―
梅田 孝太(本学哲学科RA)
『私は考える』の複層的構造
―統覚命題再考―
辻 麻衣子(本学大学院博士後期課程・日本学術振興会特別研究員DC)
『哲学論集』第40号(2011年10月10日刊行)

目次

          
渡部先生のこと
大橋 容一郎(本学文学部長・哲学科教授)
渡部清教授 業績目録
 
哲学科での半世紀を回顧して
渡部 清(本学哲学科名誉教授)
実践哲学の第三層
「哲学と神学の共同と一致」
―カントの「規範的人間学」構想―
御子柴 義之(早稲田大学教授)
形而上学としての人間学
―カントにおける別のひとつの形而上学への道―
福谷 茂(京都大学教授)
人間的生の一回性
―超越論哲学と実用的見地のカント的交差―
勝西 良典(本学哲学科嘱託講師)
中間領域の逸脱と分散
―カントの人間学からハイデガーの脱人間学へ―
村井則夫(明星大学准教授)
純粋経験の「事実」とは何か
―西田幾多郎『善の研究』の出発点とその内実―
白井雅人(東洋大学国際哲学センター研究助手)
魂が「似ている」とは何か?
―プラトン『パイドン』における「親近性」の議論の意義―
三浦太一(本学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第39号(2010年10月10日刊行)

目次

多元化社会の中の宗教哲学―仏教から西田哲学へ―
竹村 牧男(東洋大学教授)
往相環相二種廻向と田辺元―宗教哲学としての田辺哲学の一側面―
伊藤 益(筑波大学大学院教授)
なぜ宗教哲学か
八木 誠一(東京工業大学名誉教授)
『ニコマコス倫理学』における「心の壮大さ」の位置づけ
佐良土 茂樹(本学大学院博士後期課程)
新しい存在の生起を可能ならしめるもの―ホワイトヘッド哲学研究の一視点―
吉田 幸司(本学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第38号(2009年10月10日刊行)

目次

クラウス・リーゼンフーバー教授引退の日に思う
渡部 清(本学哲学科教授)
K・リーゼンフーバー教授業績目録
 
中世における自己認識の展開
―近代思想の歴史的源泉をめぐって―
K・リーゼンフーバー
超越 Superior Summo meo, Interior intimo meo
「哲学と神学の共同と一致」
― Klaus Riesenhuber先生の業績を讃えて―感謝のうちに
加藤 信朗(首都大学東京名誉教授)
現代におけるトマス・アクイナスの意義
―「在るもの・ens」および知性の超越性をめぐって―
宮本 久雄(本学神学部教授)
現代に生きる中世
八巻 和彦(早稲田大学教授)
三位一体論をめぐるバシレイオス-エウノミオス論争と固有名の問題
土橋 茂樹(中央大学教授)
アリストテレス『ニコマコス倫理学』における「外的な善」の意味
佐良土 茂樹(本学大学院博士後期課程)
若きハイデガーにおける歴史の問題について
赤塚 弘之(東北大学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第37号(2008年10月1日刊行)

目次

行為としての意識
河本 英夫(東洋大学文学部教授)
ドイツ観念論と狂気
―精神医学的探究―
内海 健(帝京大学医学部准教授)
病気による世界変容の意味
―ヴァイツゼッカーによる医学的人間学の試み―
丹木 博一(聖母大学看護学部准教授)
アルベルトゥス・マグヌスにおける数量認識について
小林 剛(中央大学非常勤講師)
ニーチェ心理学における「霊魂」と「肉体」
梅田 孝太(本学博士後期過程)
『哲学論集』第36号(2007年10月1日刊行)

目次

ハイデッガーの解釈学的現象学
―現存在の超越によせて―
酒井 潔(学習院大学教授)
懐疑論と理性
―フッサールとレヴィナスにおける現象学的思惟の動性―
田口 茂(山形大学准教授)
フランス現象学の可能性と現れないものの現象学
―現れないものの所与性とマリオンの現象学的絵画論―
関根 小織(慶應義塾大学非常勤講師)
プロティノス神秘体験表白箇所の余波
堀江 聡(慶應義塾大学教授)
予防原則の倫理学序説
―欧州の実践と責任倫理を手がかりに―
山本 剛史(慶應義塾大学非常勤講師)
「共苦」の政治
―「アウシュヴィッツ」後の人権の理念と現実―
紺野 茂樹(東京大学大学院博士課程単位修得退学)
ヘーゲルにおける「神義論」の問題
入江 容子(一橋大学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第35号(2006年10月1日刊行)

目次

インマヌエルと三位一体の場所
―西田哲学と滝沢神学―
小野寺 功(清泉女子大学名誉教授)
西田幾多郎と滝沢克己
前田 保(和光大学講師)
西田哲学解釈の新たな展開可能性
―《場所的美学=如来蔵思想母胎的キリスト教》の提起:聖霊の哲学的説明・如来蔵思想の伏在:つつみつつまれる関係性の追及―
阿部 仲麻呂(日本カトリック神学会評議員)
「インマヌエル」とは何か
―滝沢克己のイエス・キリスト理解をめぐって―
石井 砂母亜(本学大学院博士後期課程)
勇気という「知識」
―プラトン『ラケス』篇における問題の所在―
波多野 知子(本学大学院博士後期課程)
アウグスティヌス『告白』における涙の意味
田内 千里(本学中世思想研究所嘱託)
マイスター・エックハルトの時間理解と実践的人間像
阿部 善彦(本学大学院博士後期課程)
『哲学論集』第34号(2005年10月1日刊行)

目次

フィリアとスタシス(友愛と内戦)
―シンポジウム「古代ギリシアはいかに活きるか?」への提題として―
土橋  茂樹(中央大学教授)
<ロゴスをもつ生き物〉の根源的意味(II)
―アーレント『人間の条件』第四節への補注―
森 一郎(東京女子大学助教授)
ソクラテスと青年たちのドラマ
―フーコーの「主体の解釈学」を手がかりにして―
塩川 千夏(成蹊高等学校教諭)
フィヒテ知識学における超越論哲学の理解
―『一八〇四年第二回知識学』「プロレゴメナ」におけるカント理解―
鈴木 伸国(本学大学院博士後期課程)
アンスコムの実践的推論
―推論図式に関する一考察―
早川 正祐(東京大学大学院博士課程)
清沢満之『純正哲学』における「現実」理解と関係論
―ロッツェ『形而上学』の仏教哲学的解釈―
角田 佑一(本学大学院博士前期課)
『哲学論集』第33号(2004年10月1日刊行)

目次

様式の死とポストモダン
西村 清和(東京大学教授)
9・11の/以降の/による エステティクス
―Aesthetics after 9.11―
田尻 真理子(東京純心女子大学助教授)
「美的経験」とは何か
―アウグスティヌスにおける「美的経験」の両義的価値―
樋笠 勝士(本学哲学科教授)
新たな美的経験としての知覚へ
―ベンヤミンの「知覚論」としての美学―
柿木 伸之(広島市立大学専任講師)
プラトン『エウテュフロン』における行為と知識
―敬虔の「パラディグマ」をめぐって―
波多野 知子(本学大学院博士後期課程)
自由を拓く行為主体の作成
―カントにおける実践理性の問題の場所論―
勝西 良典(本学哲学科助手)
『哲学論集』第32号(2003年10月1日刊行)

目次

グローバリゼーション、アイデンティティ、そして普遍的正義
八巻 和彦(早稲田大学教授)
アイデンティティ・ポリティックスと普遍的正義
舟場 保之(立命館大学講師)
普遍性を可能にするものへの眼差し
―哲学的正義論と現象学的思惟の狭間で―
長町 裕司(本学哲学科助教授)
超越的判断とは何か―カントによる学校哲学批判の視点―
藤本 忠(日本学術振興会特別研究員)
個物とは何か?
―弁証法的一般者としての世界」から―
白井 雅人(本学博士後期課程)
エーコの「テクスト解釈を制限する基準」について
近藤 宙子(本学博士後期課程OG)
知的愛と自己認識
―スピノザの認識論における自己把握―
中野 昭子(本学博士前期課程OG)
『哲学論集』第31号(2002年10月1日刊行)

目次

「聞く」ということ
坂東 性純(元大谷大学教授・報恩寺住職)
「心」のゆくえ
大橋 容一郎(本学哲学科教授)
他者の心
―実験心理学と心の哲学のあいだ―
金沢 創(淑徳大学専任講師)
魂の文法 独我論から非対称性の哲学へ
崎川 修(東京純心女子大学非常勤講師)
ベンヤミンの認識論
―救出としての認識へ―
柿木 伸之(広島市立大学専任講師)
「物」と人間存在
―ハイデッガーの芸術作品をめぐる思惟から―
米持 和幸(京都大学大学院博士課程)
トマス・アクィナスの「第一の道」における運動について
小林 剛(京都大学大学院博士課程O.D.)