2日目は各自で朝ごはんを食べた後、小布施に向かいました。長野市から少し離れており、長野電鉄で約30分の道のり。東京では当たり前の交通系ICカードが使えず、切符を購入しました。(+値段で選ぶのではなく降りる駅名の切符を買うというシステムで面白かったです)改札も電子化されておらず、降車時に駅員さんに切符を手渡すだけという、なんともアナログな温かさがありました。電車も30分に1本というゆったりとしたローカル線で、都心では決して味わえないのんびりとした電車時間を楽しめました。


小布施は平日にもかかわらず観光客で賑わっていました。栗の名産地として知られる小布施には「栗の小径」という遊歩道があります。 栗の木の間伐材を使って舗装されたこの道は、葛飾北斎の肉筆画などを展示する「北斎館」から「高井鴻山記念館」の裏へと続いており、小布施ならではのレトロで風情ある雰囲気を味わうことができました。

その後道を歩いて北斎館へ向かいました。北斎館は1976年に開館した、葛飾北斎の作品を専門に展示している小布施町が建設した公立美術館です。その背景には、北斎が小布施を度々訪問していることがあるそうです。そのきっかけについては諸説ありますが、幕府による天保の改革で江戸での絵の制作が制限されたためとも、地元の豪農・豪商である高井鴻山(1806-1883)の招きに応じたためとも言われています。
偶然にもフランスのナントで北斎の展示会が開催されていたため、北斎の展示は通常より少なめでしたが、代わりに足立区立郷土博物館所蔵浮世絵名品展からの浮世絵の展示がありました。なかなか見る機会のない日本美術に触れることができ、特に最後にある大きな祭屋台には北斎が手掛けた天井絵は鮮やかな色彩と力強い筆致が圧巻でした。改めて日本の伝統文化の奥深さと北斎の素晴らしさを実感しました。

昼食は「小布施寄り付き料理蔵部」でいただきました。江戸時代から酒蔵で働く蔵人が寄合い、酒を造り休息し食事をする「寄り付き場」であったことから生まれた場所で、風情ある空間で食事を楽しみました。信州の素材の旨味を活かした料理の数々は、お造りやラム肉のしゃぶしゃぶはもちろん、いわなのご飯もあり、とても美味しかったです。


食後は高井鴻山記念館へ。高井鴻山(18061883)は豪商でありながら、江戸後期の幕末に佐久間象山をはじめ当時の日本史を彩った思想家や、葛飾北斎など文人墨客たちと幅広く交流がありました。高井鴻山記念館は、当時の面影を色濃く残す建物とともに、鴻山が数多く残した書画の作品を展示されていました。
館内で特に印象的だったのは、鴻山が書斎として使用していた「翛然楼(ゆうぜんろう)」でした。この築二百年の二階建て日本建築は、普段東京にいる私たちにとってはなかなか見ることができない「和」の空間を体験することができました。学生の中には茶道を習っている人もおり、炉畳の跡を見つけてお茶が点てられていた場所だ、と話している様子も見られ、それぞれの知識や経験を活かして歴史を感じ取っている姿が印象的でした。


その後は自由行動。栗の町として名高い小布施ですから、当然のことながら栗スイーツを堪能することに。小布施のモンブランは栗の風味が本当に濃厚で、東京で食べるものとは全く違う深い味わいに感動しました。栗羊羹や栗おこわなどのお土産も購入し、小布施の魅力を存分に味わいながらのんびりと過ごしました。街並みも美しく、歩いているだけで心が和む素敵な町でした。


こうして充実したゼミ合宿を終えました。1泊2日と聞くと短いかもしれませんが、それを感じさせないほど充実した内容でした。学校でよく会う同級生ともずっと一緒にいるのは初めてで貴重な経験でしたし、同学年内でも、4年の先輩とも、そして先生とも仲を深められて嬉しく思います。
今回の合宿を通じて、私たちは歴史の現場で直接学ぶことの大切さを再認識しました。文献だけでは理解しきれないような細部の情報や、当時の社会や文化の雰囲気を肌で感じられたことは大きな収穫です。また、仲間との交流も深まり、今後の研究やゼミ活動に対する意欲が高まりました。この合宿は、私たちにとって貴重な経験となりました。今後もこのような実践的な学習機会を大切にし、より深く歴史を探究していきたいと思います。
最後になりましたが、2日間の合宿を無事に開催できたのは、3年のゼミ長をはじめ、レストランの場所を決めてくれた同期、合宿の相談に親身に乗ってくださった先輩方、そして何よりも先生のお力添えがあったからこそです。改めてお礼申し上げます。
